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神戸地方裁判所 昭和63年(ワ)375号 判決

原告

岸蔭哲夫

被告

株式会社マツダレンタリース

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金五八万一四二九円及びこれに対する昭和六二年五月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その七を原告の、その三を被告らの各負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

以下、「被告株式会社マツダレンタリース」を「被告会社」と、「被告山影陽子」を「被告山影」と、略称する。

第一請求

被告らは、原告に対し、各自金一七九万九〇四〇円及びこれに対する昭和六二年五月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(ただし、右請求金一七九万九〇四〇円は、本件損害金一八二万四八六一円の内金。)

第二事案の概要

本件は、普通乗用自動車に二次衝突された普通乗用自動車の同乗者が、同衝突により負傷したとして、一次衝突した普通乗用自動車の所有会社に対して自賠法三条に基づき、その運転者に対して民法七〇九条に基づき、それぞれ損害賠償を請求した事件である。

一  争いのない事実

1  別紙事故目録記載の交通事故(以下、本件事故という。)の発生。

2  被告らの本件責任原因〔被告会社=被告車の所有者(自賠法三条所定)、被告山影=前方不注視の過失(民法七〇九条所定)。〕の存在。

3  原告は、本件事故後、野村海浜病院・松森病院へ通院し、井上外科病院へ入院した。

4  原告は、本件事故後、同人の本件損害に対する填補として、次の各金員を受領した。

(一) 被告会社支払分 金三〇万円

(二) 自賠責保険金 金二八万八〇九九円

(三) 合計 金五八万八〇九九円

二  争点

1  原告の本件事故による受傷の有無

(一) 原告の主張

原告は、本件事故により、頸部捻挫・左胸部・右手打撲の傷害を受けた。

同人は、右受傷の治療として、前記入通院したものである。

(二) 被告らの主張

原告の主張事実は否認。

本件事故は、被告車が原告車に直接衝突したものではなく、被告車が岡田和代運転の普通乗用自動車(以下、岡田車という。)に衝突しその衝撃により後退した岡田車が原告車に衝突して発生した二次衝突事故である。しかして、岡田車の同二次衝突時における速度は、時速一〇キロメートル未満であり、原告車には殆ど損傷が発生していない。

したがつて、原告には、その主張にかかる受傷が発生存在しておらず、同人の前記入通院は、本件事故との間には相当因果関係がない。

仮に、原告にその主張にかかる傷害が発生したとしても、本件事故と相当因果関係に立つ治療期間は、三か月程度であり、井上外科病院における入院治療の必要性は認められないし、同人の本件損害も右治療期間によつて制限される。

又、原告には、本件事故以前から私病があり、これが同人の本件損害の拡大に影響を及ぼした。

2  原告の本件損害の具体的内容(弁護士費用を含む)

第三争点に対する判断

一  原告の本件事故による受傷の有無

1  証拠(甲二、四三、四四、四八ないし五一、五五の1、五六の1、2、六〇、証人東隆名、同井上昌則、原告本人、本件鑑定の結果、弁論の全趣旨。)を総合すると、次の各事実が認められる。

(一) 原告は、本件事故直前、原告車の助手席に同乗していたところ、同車両は、同事故現場において、右折すべく対向車両が途切れるのを待ち一時停車していた。

原告は、その際、原告車の前方に停車している岡田車が後退して来て衝突するなど予想もできず、隣の運転席にいた松田正の方を向いて話をしていた。

原告の体は、本件衝突の瞬間、その衝撃により少し前に倒れ続いて後方に倒れて、首が前後に振れた。

(二) 原告車の破損状況は、前部バンパー凹損、右側フオグランプカバー破損である。

(三)(1) 原告は、本件事故直後、野村海浜病院において診察を受けたが、その診察内容は、同人の右項部から腕に鈍痛、右胸部も打撲、右手に軽度の腫れありであり、同人は、翌二五日も、同病院で診察を受けたが、その診察内容は、右手甲と右胸部(大きな呼吸をする時)の痛み、右第四肋骨付近の疼痛、頸部痛、頭重感、スパーリングテスト右側疑陽性・左側陰性であつた。(なお、原告は、本件事故当夜、嘔吐した。)

同病院担当医は、これらの診察結果に基づき、原告の本件受傷の内容を、頸部捻挫、右胸部・右手打撲と診断した。

(2) 原告は、右病院が自宅より遠方のため自宅に近い松森病院への転医を希望し、野村海浜病院担当医の紹介を得、昭和六二年五月二五日、松森病院へ転医した。

松森病院担当医は、右同日、原告を問診のうえ診察したが、同人の本件受傷につき、野村海浜病院担当医と同じ傷病名の診断をした。

(四) 原告は、右同日から同月二八日までの間、松森病院へ通院(実治療日数四日)して治療を受けたが、同月二八日、家庭内の事情から井上外科病院への転医を希望し、松森病院担当医の紹介を得、同日、井上外科病院へ赴き、同病院担当医の診察を受けた。

右病院担当医は、原告を問診のうえ診察したが、その内容は、吐気持続、頸部痛・頸部遊離感・右手関節痛ありであり、同担当医は、同診察結果に基づき、原告の本件受傷を外傷性頸部症候群、胸部・右手関節打撲傷と診断した。

(五) 本件鑑定の結果は、その医学的観点からして、原告の本件受傷としての頸部捻挫の発生存在を肯認している。

2  右認定各事実を総合すると、原告は、本件事故により、頸部捻挫、右胸部・右手打撲の傷害を受けたと認めるのが相当である。

したがつて、原告の前記各病院における通院自体(本件事故当日の昭和六二年五月二四日から同月二八日までの通院。なお、原告の井上外科病院における入院治療については、後記認定説示のとおりである。)は、右受傷の治療として必要であり、本件事故の間に相当因果関係があるというべきである。

よつて、原告のこの点に関する主張は、理由がある。

3  他方、被告らは、右認定説示に反する主張をし、その主張にそう証拠(乙一、証人林洋)がある。

しかして、右各証拠の記載内容及び供述内容は、要するに、本件事故を自動車工学的見地から解析した結果、本件二次衝突の衝撃度からみて同衝突により原告に前記受傷が発生するのは無理であるとの趣旨にある。

しかしながら、右各証拠の記載内容及び供述内容は、未だ原告の本件受傷の発生に関する前記認定説示を覆すに至らない。

その主な理由は、次のとおりである。

右証拠の記載内容及び供述内容において、物理的計算式の採用、その計算式の展開自体には誤りがないにせよ、その基礎資料の選択に難点がある。

即ち、本件関係車両の本件破損状況を、現物そのものでなく、写真や報告書の記載によつて得ている。それ故、同破損状況の把握につき不正確性が混入する危険がある。

次いで、前記計算式によつて得た結論(衝撃度)を本件事故に当てはめるにつき、本件事故とは全く無関係な人的実験(ダミー・死体・ボランテイア)によつて得た実験結果を採用している。それ故、同実験結果の当てはめには、原告の本件事故当時における身体の具体的状況、特に、同人の本件衝撃時における頭部等の具体的運動経過が捨象されている。

これらの各点から見て、右各証拠の記載内容及び供述内容は、原告の本件受傷の発生に関する前記認定説示を覆す程度の証拠力を有するとは認め難い。

よつて、右各証拠に基づく被告らの前記主張も、理由がなく採用できない。

4(一)  原告は、同人の井上外科病院における昭和六二年五月二八日から同年七月一〇日までの入院期間及び同年七月一一日から昭和六三年三月九日までの通院期間の全てにつき、本件事故と相当因果関係に立つ治療期間である旨主張し、それにそう証拠(甲五五の1ないし20、五六の1ないし27の各一部、証人井上昌則、原告本人。)もある。

したがつて、原告の右主張事実は、一見これを肯認し得るかの如くである。

(二)(1)  しかしながら、一方、証拠(右甲五五の1ないし20、五六の1ないし27の各一部、本件鑑定の結果、弁論の全趣旨。)によれば、原告の井上外科病院における入院は、同人の希望によるものであること、同病院における原告に対する入院診療録は、昭和六二年五月二八日における前記診察内容の記録以外になく、同病院担当医による診察記録もないこと、したがつて、整形外科的検査、例えば、頸部運動範囲、圧痛点、スパーリングテスト、ジヤクソンテスト等の椎間孔圧迫テスト、反射検査、神経学的検査等については、全く記録がないこと、入院診療録には、原告の症状経過の記録がないこと、入院看護記録には、原告の同じ症状、不定愁訴が繰り返し記録されていること、原告が同病院退院後通院した昭和六二年七月一五日から昭和六三年三月九日までの診療録には、診察内容、同人の症状又検査の記録が殆どないこと、同各事実から、原告には診療に記載するような症状、所見、検査結果等はなかったと推認されること、同病院においては、昭和六二年五月二八日、原告に頸椎X線・右手関節X線の各検査を行つているが、いずれも特に異常が認められないこと、同頸椎X線検査においては、前屈及び後屈各運動とも良好であること、原告には、野村海浜病院における昭和六二年五月二五日の診察の際行われたスパーリングテスト右側疑陽性・左側陰性の結果以外に同テストの記録がないこと、それ故、同人にはその後神経根症状がなかつたものと推認されること、したがつて、同人には、井上外科病院における入院治療の必要がなかつたこと、同人の本件受傷の治療としては、本件事故後三か月以内の治療で十分と考えられることが認められる。

(2) 右認定各事実を総合すると、原告の本件受傷に対する治療中、井上外科病院への入院及び同退院後の通院治療は、原告の心因性症状に対するもの(なお、同人の私病については、後記認定説示のとおりである。)であつて本件事故との間に相当因果関係の存在を認め得ないというのが相当である。

本件において、原告の前記主張事実にそう前掲証拠のみでは右認定説示を打破し得ず、それ以外に、同証拠を補強しあるいはそれ自体で同人の同主張事実を証明するに足りる証拠はない。

しからば、原告の右主張事実は、未だ証明されていないというほかはない。

むしろ、右認定各事実を総合すると、原告の本件受傷は、原告の主観においてはともかく、客観的には遅くとも昭和六二年八月二四日治癒したと認めるのが相当である。

5  右認定説示から、原告の本件受傷に対する治療経過中、本件事故と相当因果関係に立つ治療とその期間(以下、本件相当治療期間という。)は、通院治療昭和六二年五月二四日から同年八月二四日まで(実治療日数は、二日に一度の割合による四五日。)と認めるのが相当である。

二  原告の本件損害の具体的内容

1  治療費 (請求 金一五万四五六〇円

ただし、井上外科病院分) 金四万七九五〇円

(一) 原告の井上外科病院における本件相当治療期間については、前記認定説示のとおりである。

(二) 証拠(甲九ないし一三)によれば、同人の右相当治療期間内における治療費(入院を前提とする費用を除く。)は、合計金四万七九五〇円であることが認められる。

(三) 右認定事実に基づき、本件事故と相当因果関係に立つ損害(以下、本件損害という。)としての治療費は、金四万七九五〇円と認める。

2  入院雑費 (請求 金四万四〇〇〇円)

原告の井上外科病院における入院治療期間が本件相当治療期間と認め得ないことは、前記認定説示のとおりである。

右認定説示に基づく以上、原告の主張請求する入院雑費も、同人の本件損害と認めることはできない。

3  文書料 (請求 金一万二〇〇〇円) 金一万二〇〇〇円

証拠(甲三八ないし四一、弁論の全趣旨。)によれば、原告は、昭和六二年六月二日から同年七月三〇日までの間、文書料として合計金一万二〇〇〇円を支出したことが認められ、右文書料は、同人の本件受傷治療の証明のため必要としたと推認される。

よつて、同人の右文書料合計金一万二〇〇〇円は、本件損害と認める。

4  通院交通費 (請求 金一一万六八四〇円

ただし、井上外科病院通院分) 金四万一四〇〇円

原告の本件受傷の具体的内容、同人の本件相当治療(通院)期間が昭和六二年五月二四日から同年八月二四日まで(実治療日数四五日)であることは、前記認定のとおりである。

右認定各事実に基づくと、原告の本件損害としての通院交通費は、公共交通機関を利用するに要した費用と認めるのが相当であるところ、証拠(甲六一、弁論の全趣旨。)によれば、原告の本件通院に要する費用は、片道金四六〇円であることが認められる。

よつて、原告の本件損害としての通院交通費は、合計金四万一四〇〇円と認める。

(460円×2)×45=4万1400円

5  休業損害 (請求 金七八万五五六〇円) 金七八万五五六〇円

(一) 原告の本件相当治療期間が昭和六三年五月二四日から同年八月二四日までであることは、前記認定のとおりである。

(二) 証拠(甲七の1、八、原告本人。)によれば、原告は、本件事故当時、神戸市中央区二宮町三丁目所在神友興産株式会社に運転手として勤務していたこと、同人は、本件相当治療期間中の昭和六二年五月二五日から同年七月二四日まで、同年七月二九日から同年八月一日まで欠勤し、その間、同会社から給与を全く支給されなかつたこと、同支給されなかつた給与の合計額は金七八万五五六〇円(昭和六二年五月二一日~同年六月二〇日間分金三〇万六七一四円、同年六月二一日~同年七月二〇日間分金三六万六〇一〇円、同年七月二一日~同年八月二〇日間分金一一万二八三六円。)であることが認められる。

(三) よつて、原告の本件損害としての休業損害は、合計金七八万五五六〇円と認める。

6  慰謝料 (請求 金一一〇万円) 金五〇万円

前記認定の本件全事実関係に基づくと、原告の本件損害としての慰謝料は、金五〇万円と認める。

7  原告の本件損害の合計金一三八万六九一〇円

三  原告の私病と本件損害との関係

1  証拠(甲五六の21、本件鑑定の結果、弁論の全趣旨。)によると、原告には、本件事故以前から腎・尿管結石があつたこと、腎・尿管結石の症状としては、疼痛、血尿と結石排出の既往が三大症状であり、腎結石においては、腰背部、季肋部の連続的鈍痛であり、尿管結石においては、尿管の走向に沿つて腰背部から側腹部、そけい部、外陰部へと放散する激痛であること、原告が井上外科病院において訴えた症状には、同腎・尿管結石の影響があると推認されることが認められる。

2  ところで、本件のように交通事故の被害者に同事故前から存在した疾患と同事故による損害額算定との関係については、次の見地に立つのが相当である。

即ち、被害者に対する加害行為と、被害者の罹患していた疾患が、ともに原因となつて損害が発生した場合に、加害者に損害の全部を賠償させることが、当該疾患の態様・程度等に照らして公平を失するときは、損害の公平な分担を図る損害賠償法の理念からして、裁判所は、損害賠償の額を定めるに当たり、民法七二二条二項を類推適用して、被害者の当該疾患を斟酌することができると解するのである(最高裁平成四年六月二五日第一小法廷判決・裁判所時報第一〇七七号六頁参照。)。

右見地に基づき、前記認定の本件事実関係を検討すると、原告の本件治療期間を長引かせ、同人の治療費や休業損害等を拡大させた原因は、同人の前記疾患にもあつたと認められ、それ故、同人の本件損害の全てを本件加害者である被告らに負担させるのは公平を失するというのが相当である。

よつて、本件においては、右見地にしたがい、原告の本件損害額の算定に当たり、同人の右疾患に存在を斟酌し、前記認定にかかる同人の本件損害金一三八万六九一〇円に対し、その二〇パーセントを減額するのが相当である。

右減額後に原告が被告らに請求し得る本件損害は、金一一〇万九五二八円となる。

四  損害の填補

原告が、本件事故後、本件損害に関し合計金五八万八〇九九円(被告会社支払分金三〇万円、自賠責保険金金二八万八〇九九円。)を受領したことは、当事者間に争いがない。しからば、原告の右受領金合計金五八万八〇九九円は、本件損害に対する填補として同人の前記損害金一一〇万九五二八円から、これを控除すべきである。

右控除後における原告の本件損害は、金五二万一四二九円となる。

五  弁護士費用 (請求 金二〇万円) 金六万円

前記認定の本件全事実関係に基づくと、本件損害としての弁護士費用は、金六万円と認める。

第四結論

以上の全認定説示を総合すると、原告は、被告らに対し、各自本件損害合計金五八万一四二九円及びこれに対する本件事故日であることが当事者間に争いのない昭和六二年五月二四日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める権利を有するというべきである。

よつて、原告の本訴請求は、右認定の限度で理由があるから、その範囲内でこれを認容し、その余は理由がないから、これを棄却する。

(裁判官 鳥飼英助)

事故目録

一 日時 昭和六二年五月二四日午後一時二〇分頃

二 場所 神戸市須磨区須磨浦通四丁目五番一九号先国道二号線上の交差点付近

三 加害(被告)車 被告山影運転の普通乗用自動車

四 被害(原告)車 松田正運転・原告同乗の普通乗用自動車

五 事故の態様 原告車が、本件事故直前、本件交差点付近で、右折のため一時停車していたところ、被告車が、対向車線を進行して来て、原告車の直前で同じく右折のため一時停車していた岡田和代運転の普通乗用自動車の前部に衝突し、その衝撃で後退した同車両の後部が、後方に停車していた原告車の前部に衝突した。

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